2013年3月19日火曜日

そんなサインある?

WBC準決勝のダブルスチール。この作戦は、素人目に見ても難しそうだ。なにせ、バッター、ランナー二人の息が合わないとダメだし、相手バッテリーとのリズムとの相性もある。

そんな複雑な作戦で「行けるんだったら行っても良い」なんてサインはあり得ないと思うが、高度なスキルを持つプロは違うのかも知れない。

少なくとも味方の三人全員が「行ける」と思わなければいけない訳で、単純に言えば1/8の確率しかない。そこに相手のリズムが入り、味方同士のフォローがあったとしても、成功確率は1/3ぐらいじゃないだろうか?

あくまでも素人目線で考えると、この作戦を成功させる要因の一つは「思い切り」だと思う。

なにせ、盗塁するための判断は、投球フォームに入ってから、キャッチャーミットにボールが収まるまでの時間が1.4秒以上かかる事、といった極めて微妙な判断だからだ。盗塁スタートが0.1秒でも遅かったら成功しない。

そう考えると、少なくともランナーの二人には、お互いを確認しあう時間なんてないだろう。つまり、思い切って走り抜くしかないということ。

そんな状況で出されたサインは「走れるようなら走って良い」。その「走れるようなら」の判断が、全員同じな訳がないんで、そこを個人に任せると、当然齟齬が生じる。もちろん、タマタマ上手くいくこともあるだろうが。本当なら、初球で行くとか、二球目で走るとか、個人の判断を越えたベンチワークが必要だろう。

それを選手に任せると言うことは、責任を丸投げするということだ。そんなことをしていい状況ではなく、監督の采配の巧拙が問われる場面だったと思う。

走っちゃった内川も、走れなかった井端も、凡打に終わった阿部も、誰も悪くない。ただ山本浩二監督が無能だっただけだ。

試合終了後の記者会見で「選手はみんな頑張ってくれました」と言ってたが、何の慰めにもならない。本来、選手は選手の役割を全うし、監督は監督の役割を全うするべきだが、監督は肝心な所でその役割を放棄したのだから。

勘違いも甚だしいと思う。

2013年3月18日月曜日

ダメなサービス業の見本:KDDI

iPad miniのあまりの調子の悪さに、端末の問題かと思い、AppleStoreに行ってみた。

予約時間を遅れること10分程度で診てもらえることに。症状を伝えると、SIMカードか端末の問題ですが、端末を交換してみましょうとすぐさま代わりの端末を用意して、実験開始。あっけなくSIMの問題と特定できた。さすが、ジーニアスバーは頼りになるな、と思いつつ店を後にして、AUショップに歩を進めた。

歩いて5分、AUショップに到着。症状を伝え、AppleStoreで検証済みなのでSIMを交換してくれと言うと、法人契約なので名刺か社員証が必要とのこと。建前上は確かにそうだろう。ないと伝えると、フィックスする努力はおろか、問題を特定するそぶりすらせずに出直せという。

少なくとも、サービス業を続けていきたいならユーザーのトラブルはメシの種と思って、何とか解決するべきだろう。実際、先日のエントリーにも書いたようにKDDIのネットワークはクソだと思っているので、失地挽回のチャンスでもあったと思う。窓口の女性にもこう言った。もうKDDIはやめてSoftbankに変えたいぐらいだと。

にも関わらず、窓口の態度は変わらなかった。文句を言われたことに対して建前だけで対応する、といういかにも腐ったサービス業の典型を見せてもらった。

まず、サービスセンターに電話して、「法人契約のクレーマーがきた。確認しますが、SIM交換に証明書が必要ですよね?」という質問を投げかけた。これで問題がフィックスできる訳がない。「証明書を持ってないけど、どうやったら交換手続きを進められますか?」といった形で聞かない限りは。そんな聞き方で問題解決できるわけ無いでしょと伝えて、そもそも、問題の所在を確認しないの?と聞いてみた。すると、問題を特定できる機器を持ってないので、ユーザーから文句があったら、そのまま受け入れているとのこと。そして、確認できる機器があるかどうか確認してきますとバックヤードに引っ込んだ。当然、形だけで、やっぱりできませんでした、との事。

バカじゃねーの。どうすれば良かったかなんてサルでも分かる。できるだけの誠意を見せて、問題を特定しつつ、自社の責任範囲を特定して、その上で、どうしてもこの部分に関しては、お客さんの協力が必要だと伝える。その時に、名刺がないなら電話確認でもOKとか代替案を提案する。それで、印象は格段に良くなるだろう。

KDDIにサービスをやる資格なんてないと思う。なぜなら、ユーザーとの問題解決に真摯ではないから。ロイヤルティが離れそうになっているユーザーを繋ぎとめる努力をしないから。

その後、新規契約時の書類が手元にあったので、それで話をしてみたが、やっぱりダメ。面白いのは、本人確認書類を見せても、コピーは取らないらしい。つまり、窓口の担当者が納得するかどうかだけ。そんな事にも裁量のない窓口担当者を憐れむべきかも知れないが、ちょっと許せない。

今後、誰に相談されても、KDDIは止めておいたほうがいいと、自分の経験を踏まえた説得力のある話をもって伝えるだろう。

2013年3月15日金曜日

排他性の重要性

かつてSNSについて考えたことがある。ビジネスの可能性についてだ。結論としては、SNSにあまり大きな期待を抱いても、期待外れになりそうだ、ということだった。

一番気になったのは、趣味の関係で知り合った人、仕事の関係で仲良くなった人、また、いやいや付き合っている人、昔の友達、家族といった多様な属性を持つ人を相手にして、同時に共有したい情報なんてない、という事だ。

Facebookが当初ハーバードだけで使われていた、極めて排他的なサービスだったことが象徴的だが、やはり属性が共通する人を繋ぐサービスがSNSなんだと思う。

そう考えると、最近のFacebookのダメさも分かる気がする。属性を飛び越えてユニバーサルなサービスとして、万人に使ってもらおうとした途端、表面上のお付き合いをバーチャルで実現する、という意味不明なサービスになるからだ。

そういった意味では、知合いのタイムラインなんて見えない、IMの様なサービスの方がユニバーサルと思えるが、それでは面白味が無いと言うのが、最近のネットワークサービスのスタンスだ。

ユニバーサルを捨てると、ユーザーが増えず、マネタイズが困難になる。ユニバーサルを目指すと薄っぺらい使い方しかしてもらえなくなり、同じくマネタイズが遠のく。

良い着地点は未だ見えてないと思うが、そのうち見つかるのだろうか?

2013年3月13日水曜日

深夜食堂の覚悟

深夜12時から明け方7時までしか開けない「めしや」。メニューも豚汁定食しかない。リクエストがあればできるものなら何でも作ってくれる。そんな食堂に集う人々の他愛もない交流をネタにしたドラマだ。Huluで観れるが、海外ドラマにはない日本的な味がクセになる。

そんな深夜食堂を観ていてふと感じた事がある。このマスターは、すごく大きな覚悟を背負って店を開いているのでは、という事だ。

なにせ営業時間を考えても、客が増える見込みは薄い。そして用意しているオカズは豚汁だけだ。どんな客がくるか分からない。どんな注文がくるか分からない。需要予測なんて、あってないようなもんだろう。かかる費用は明らかだが、生まれる効果は不透明だ。

少なめに仕込んで、売切れ御免という事かもしれないが、あまりにできない、できないと注文を却下してたら、客がいなくなってしまう。そこは違う価値(例えば、居心地の良さとか)を提供してカバーしているのか。よほどの覚悟がないとできないように思う。

そんなどうでも良いことを考えてしまうぐらい、深夜食堂の世界観にハマっている自分がいる。

2013年3月11日月曜日

KDDIのイケてなさ

正直に端的な言葉で表現すると、KDDIのネットワークはクソだ。日本で一二を争うほど沿線居住者の多い東急田園都市線で、繋がらないエリアが多いのは不思議でしょうがない。

そして、名古屋に行く機会があったので、新幹線の中でKDDIとSoftbankの比較をしてみた。Huluで「深夜食堂」を見ようとしたのだが、KDDIはほとんど繋がらない。正確には、電波表示としてはつながっているのだが、全くデータがダウンロードされない。そのうちに悪名高き「○」が出て、ほぼ通信不能になる。その間Sofbankは多少画質が落ちるなどしながらも繋がり続けた。

名古屋はさすがに大丈夫だろうと思っていた。何と言っても旧IDOの本拠地である。しかし、その期待もあっさり覆される。中央本線で移動する最中も結局、Softbankは繋がり続けたが、KDDIはほとんどダメ。KDDIのネットワークに期待してMNPした人も、相当ガッカリしているのではないだろうか?

余計な施策に力を入れる前に肝心のネットワークインフラを強化すべきだろう。コンテンツビジネスに触手を伸ばすよりも、まずは最も良い土管を目指して欲しい。

以前、docomoを使っていた時もガッカリして、すぐにSoftbankに戻したが、Softbankを使っている時には感じない不満をKDDIにも感じる。

別の日、メールに添付されたファイルをダウンロードして、事態の深刻さを痛感した。Softbankの3Gで2〜3秒でダウンロードできるファイルが、KDDIのLTEだと1分近くはかかる。まさに、クソネットワークと言っていいだろう。早く何とかしないと、KDDIのクソさに気づいた人たちが大挙してSoftbankに駆け込むだろう。

2013年3月7日木曜日

二種類の品質

頑張っても評価されない「当たり前な」品質と、比較的「簡単にありがたがってもらえる」品質がある。

ゼネコンはともすれば前者に力を注ぎがちだが、ビジネスとしては後者を目指さないと、とっても苦労することになる。

ゼネコンが前者を選びがちなのは簡単な理由だ。ビジネスに対する覚悟がないだけだ。前者は費用と効果がいずれも定量的に示せる、すなわち費用対効果を保証できる品質なのだ。覚悟のない企業は、費用対効果が明確でないと、怖くて手が出せない。

後者は費用対効果が保証できない代わりに、当然適正価格も不透明なので、値付け余地が大きくなる。いざというときの保証をする覚悟がある会社は、その覚悟一つで大きく伸びる可能性を秘めている。

費用対効果が不透明で、うまくビジネスに繋げられる領域を見つけて、覚悟を決めて飛び込むしかない。

2013年3月4日月曜日

やっつけないことって、大事

仕事をしていると、ついつい「やっつけ」になることがある。頼まれ仕事で、要求仕様がはっきりしない場合は特にそうなりがちだ。先日、全くやっつけない人と仕事をする機会があって、心底驚いた。

自分の場合は、頼まれた仕事には多少でも付加価値を付けて返すようにしている。少しでも頼んだ意味があると思ってもらえるように。そして、ちょっとは自分の意見を言いたい質なので、発言権を得る意図もある。とは言うもののやっぱりやっつけ気味になってしまう事もある。

ここしばらく、様々な人と仕事をする機会があったが、付加価値を付けて返すことすらしない人も、結構いることが分かった。受動的とも言えるが無反応に近い人もいる。自分に火の粉が降りかかってくるのを嫌ってだろう。

そんな中、全くやっつけない人がいてビックリしたが、同時に自分が恥ずかしくなった。その人の仕事は、極めて質が高く、そして絶え間なくブラッシュアップされていた。もともとは、まさに要求仕様が曖昧な最もやっつけられそうな仕事だった。しかし終わってみれば、同時に行われていた仕事のなかでベストの仕事として、誰もが賞賛する内容になっていた。

仕事って、やっつけちゃダメだと、痛感した。当たり前だけど、実はほとんどの人が実行できていない視点だとおもう。