2009年9月16日水曜日

Googleに対するロイヤルティ

何だろう?

今となっては預けているデータの多さがスイッチングコストを高め、容易には止めれなくなっている。しかし、止めれない訳ではない。止めない理由は、相対的なユーザビリティの高さかな。そして的を得た機能開発が継続利用の鍵になっているように思える。

しかし初期は、データの蓄積度が低く、単機能なのだから、ユーザビリティすなわちユーザエクスペリエンスのみが選定基準と言っていいだろう。検索という行為/機能にそこまでの差別化可能なユーザビリティの違いがある事に気が付いた人はいたのだろうか?

一般論として、ユーザビリティが高まればロイヤルティユーザが増える事は言えるだろうが、そんな愚論を吹き飛ばすほどの成長を、結果的に実現している。つまりは破壊的イノベーションであり、パラダイムシフトだったということか。

2009年9月14日月曜日

枯れた技術の水平思考

任天堂の本を立ち読みして、深く頷いた言葉がありました。それが「枯れた技術の水平思考」です。これは大ヒット玩具を作り続けた、横井軍平さんという方の言葉です。

横井さんは豆電球と太陽電池でシューティングゲームを作りました。太陽電池は当時、技術的には既に枯れており、アプリケーションを探してメーカーが各所にヒアリングをかけていた段階という事のようです。おそらく性能は低く、光に反応してごく微量の電気は流す程度だったと思われます。横井さんは太陽電池の発電性能ではなく、光に反応するという機能に着目して、シューティングの的として、弾である豆電球の光を捕捉することだけに使いました。本来、太陽電池は発電することが目的ですし、豆電球は光ることが目的です。一旦それを置いておいて、組み合わせで新しい価値を作り上げた訳です。

このことが、「枯れた技術の水平思考」の事例として紹介されていました。私もイノベーションは、コンセプトと技術を両輪として、デザインを燃料に走り出すもの、だと考えています。世の中に受け入れられるものの多くは、枯れた技術を使い、新しいコンセプトの皮を被せたものだと思います。新しい技術、それがある程度枯れるまで、その技術を適用することによるリスクが見えてくるまで、不遇の時を過ごす運命にあります。

その時期をグッと耐え、素晴らしいコンセプトで商品化する事ができたら、大きな大きな果実を得ることもできるでしょう。しかし多くはそこまで至らず、技術の礎となり果実は将来世代に渡さざるを得なくなります。ことほどさように、技術でイノベーションを起こすのは難しい事なのです。

2009年9月11日金曜日

三菱一号館

ずいぶん前の話だが、その時はまだ一般公開してないので、ブログとかに書かないでと釘を刺されたので、カフェオープンを見計らってアップ。

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先日、三菱一号館を見学する機会があった。施工中、煉瓦積み工程も見せて頂いており、感慨もひとしおだった。こういった、こだわり抜いた建物を見ると、普段は建設業界の斜陽さ、危機感の無さに嫌悪しながらも、やはり建築が好きなんだな、ということを再認識したりする。

1階の銀行窓口は、2フロア分の吹き抜けで天井が高く、海外のようなアーチ型の小窓を通して行員と相対する窓口になっており、上部に付く灯りの雰囲気とあいまって、極上の空間を作り出していた。2階にあたる部分の回廊が、少し存在感がありすぎて残念な気もしたが、好みの問題かもしれない。

窓ガラスは、昔のような波打ったフロートガラスは作れないので、丸ビルだか、新丸ビルだかの改築の際に、窓ガラスを全て保存しておき、再利用したとのこと。実際はもっともっと波打ってたと思うが、そのこだわりに脱帽。その他内外装も素晴らしく、建物って、ものづくりって、結局は「こだわり」なんだな、と実感した見学だった。

品質や風合いではなく、コストダウンにしかこだわれない「ものづくり」や「建物」は、どこに向かっているのだろう?

2009年9月9日水曜日

決して真剣にならない大企業内での仕事

会社での仕事に面白みとか、やり甲斐は求めていない。言ってみれば、プラスを最大化するのではなく、マイナスを最小化する方向性を持って物事に取り組んでいる、とは同僚の談。

共感。でも、数多の選択肢の中から最もマイナスが小さいであろう行動を選択する、そんな事で会社も社会も良くなる訳がないじゃないか。残念ながら現実はそう。ナゼかと考えると、プラスに取り組む意義がみえず、ましてや最大化するなんて、ナンセンスだということ。

業務や会社にコミットしていない事が主因かもしれない。業務と会社のリンクが希薄になっている気がする。業務が会社にリンクしていないから、業務に真剣になれないし、会社への忠誠心が揺らいでくるんじゃないかな?

2009年9月7日月曜日

100年に一度とは

明日が今日と同じとは限らない、ということ。

今日、上手く行ったからといって、明日も順調とは限らない。逆に言えば、今日上手く行かなかったからって、落ち込む必要もない。

一つだけ確実なのは、今日と同じことをしていたら、明日はないという事だろう。日々をどのような心持ちで過ごすか、それがシビアに問われているんじゃないかな?

ゼネコンビジネスは、過去の延長線上に今日があり、今日の続きとして明日がある、そのような連続性の中で動いている。100年に一度のパラダイムシフトが目の前で起こっている、その中にあって、このようなビジネススタイルは成立しうるのか?正確に言うとビジネスが成長していけるのか?

ビジネスは成長して行く必要がない、と言う人がいる。それは、実はかなり危険な考え方だろう。成長しない産業には、優秀な人は集まらない。ゆえに、ますます衰退して行く。ゼネコンの場合、その業として人海戦術的であり、そのスタイルに拍車がかかる事は間違いない。

新しい技術は生み出されず、イノベーションは起こらず、淡々と日々を暮らす、そんな人々の集団になってしまうだろう。ただし、世の中の流れに追従する事を是とする社風は、無意味に規制を強化する事に走り、社内の閉塞感はさらに強くなる。業者からも見放され、もはや品質も運次第、というような末期的な状態になる可能性は高い。

ビジネスが斜陽でないことを証明し、人を魅きつけ、イノベーションを誘発する、そんなビジョンが大切だろう。成長しなくても良い、などと言う意見は近視眼的で極めてナンセンスである。

2009年9月4日金曜日

自由でいられたのは

ミンナに守られ、支えられてたからなんだなぁ〜、とつくづく思う。

最近、色んな人から色んな励ましを受ける。何だか元気がないと評判らしい。上司にネグられ、そのまた上司に蔑まれて、あまり周りを気にしない自分も凹み気味で、まあ、周りの人の評価は間違いない訳だが。

たいした成果も生み出さず、どちらかといえば、会社のルールすらあまり守らずに過ごしてきた。それでも、それなりに評価してくれる人は多くて、何とかやってこられた。

今の上司の上司は、出自も違えば興味の対象も違い、今まで全く接点のなかった人だが、まあ、一般社会ではよくある事だろうとは思う。そんな人から、若干人格否定的な事を言われ、今まで味方でいたハズの上司まで変節し、うーん困ったな、と。

そこで改めて感じたのは、自分は恵まれていたんだな、という事。多くの人に守られ、強い風を受ける事なく、ここまでこれた。ミンナ、こんな窮屈な環境で仕事してきたのね。

本当に、良い人たちに出会えて、可愛がられ励まされ、ここにいれる事に感謝します。そろそろ立ち上がり、次の一歩を踏み出そう。しつこいと嫌われちゃうからね。

2009年9月2日水曜日

ビジネスの本質

責任を持って価値観を提案/提供すること、世に広めること。価値観の違いだけで、基本的に宗教と変わらない。