ここの所、世間を賑わしている事業仕分け。あれ、何とかならんのかな?
元々削減目標は3兆円だったが、95兆円にまで膨れ上がった予算を、92兆円にすることに何の意味があるんだろう?
事業を仕分けて、ムダをなくすという目的には賛同するが、現状として効果的な仕分けになっていない。巷で言われるように魔女裁判的であり、公開されており透明ではあるものの、公正ではない気がする。
未来への負債を積み上げないようにすることが、唯一、国民の将来不安を和らげ、消費や子育てへのインセンティブになりうると思うのだが、今の事業仕分けにその機能は期待できない。
あんなに要らない事業があったのかという驚きと、まだまだ氷山の一角だという果てしなさを感じる。
やるなら10兆円規模でリストラする必要があるが、その方向性で考えると、見直さなければいけない事業の筆頭に、子ども手当が入るだろう。経済成長と福祉のどちらを優先するかは、タイミングと環境によるだろうが、現時点でいうと経済成長だろう。しかも、補助金ではなく規制緩和による舵取りが必要だと思う。
いずれにせよ、テレビで真剣に「仕分け」しているように見えるのも、全てポーズであり、ただの「事業仕分けごっこ」でしかない。少なくとも、現時点では。
仕分けている様子に騙されてはいけない。細かい事業を積み上げて500億円に到達しても全体予算の、たかが0.05%でしかないのだから。
2009年11月16日月曜日
2009年11月13日金曜日
インテル・インサイド/アップル・アウトサイド
ビジネスをどのように捉え、どこを我が物とするか、と言う事。それが、戦略というモノだろう。ビジネスフレームとグリップポイントが大事になる。
インテルはCPUを必要とする全ての機器にフォーカスし、その心臓部たるCPUとチップセットという「部品」をグリップした。それだけでは競合優位性が維持できないので、Microsoftとのアライアンスで確固たる地位を築いた。ほぼ全てのPCはWintelとなり、今ではコンピュータ制御される多くの機器が、「Intel Inside」である。
かたやアップルは「完成品」を売る消費財メーカーである。普通の消費財メーカーは作って売るだけだが、Wintelによって、その商売に限界を感じていたアップルは、何かをグリップして周りを動かすビジネスがしたくなったんじゃないかな?「部品」は「完成品」を動かせるが、「完成品」何が動かせるんだろう?
その解が、プラットホームであり、社会であり、環境であり、ライフスタイルなんだろう。結果としてアップルは「完成品」をグリップして、「デジタルハブ」構想を作り、最終的には社会やライフスタイルなど「外の世界」を変えた。つまり「Apple Outside」である。
これらの事例を見ると、ビジネスフレームとグリップポイントのうち、どちらが先かと言うと、グリップポイントになる。
企業が強みとして持っている何らかの「技術の核」をグリップポイントとして、そこを握った先で影響を受ける領域を定義し、そこにフォーカスしてビジネスフレームとする、といった手順が良さそうだ。
では、手持ちの「技術の核」には何があるだろう?
インテルはCPUを必要とする全ての機器にフォーカスし、その心臓部たるCPUとチップセットという「部品」をグリップした。それだけでは競合優位性が維持できないので、Microsoftとのアライアンスで確固たる地位を築いた。ほぼ全てのPCはWintelとなり、今ではコンピュータ制御される多くの機器が、「Intel Inside」である。
かたやアップルは「完成品」を売る消費財メーカーである。普通の消費財メーカーは作って売るだけだが、Wintelによって、その商売に限界を感じていたアップルは、何かをグリップして周りを動かすビジネスがしたくなったんじゃないかな?「部品」は「完成品」を動かせるが、「完成品」何が動かせるんだろう?
その解が、プラットホームであり、社会であり、環境であり、ライフスタイルなんだろう。結果としてアップルは「完成品」をグリップして、「デジタルハブ」構想を作り、最終的には社会やライフスタイルなど「外の世界」を変えた。つまり「Apple Outside」である。
これらの事例を見ると、ビジネスフレームとグリップポイントのうち、どちらが先かと言うと、グリップポイントになる。
企業が強みとして持っている何らかの「技術の核」をグリップポイントとして、そこを握った先で影響を受ける領域を定義し、そこにフォーカスしてビジネスフレームとする、といった手順が良さそうだ。
では、手持ちの「技術の核」には何があるだろう?
2009年11月11日水曜日
JAL化
週刊ダイヤモンドの11/9号にJALの特集があった。記事の中に、ANAとの比較でJALの企業体質について、内部アンケートからまとめた一覧表があった。
その一覧表を見て、あたかも当社に取材したかのような印象を受けた。全ての項目で百点満点、当社の雰囲気にピッタリ一致していたのだ。
むべなるかな、とも思うが、実質上壊れた会社と同じ体質であることは、しかも、一項目とて救いがないことが、未来を暗示しているような気がする。
この現実に対して、誰も何も感じないのか、感じてても動けないのか、いずれにしても末期的であることにはかわりがない。
末端の自分ができる事は何があるんだろう?超官僚化した組織をひっくり返す事って可能なんだろうか?
その一覧表を見て、あたかも当社に取材したかのような印象を受けた。全ての項目で百点満点、当社の雰囲気にピッタリ一致していたのだ。
むべなるかな、とも思うが、実質上壊れた会社と同じ体質であることは、しかも、一項目とて救いがないことが、未来を暗示しているような気がする。
この現実に対して、誰も何も感じないのか、感じてても動けないのか、いずれにしても末期的であることにはかわりがない。
末端の自分ができる事は何があるんだろう?超官僚化した組織をひっくり返す事って可能なんだろうか?
2009年11月9日月曜日
絶対的な価値観
誰かが見てるからとか、誰かと比べてとか、相対論で話をすると人は不幸になる。そこには、敗北感か歪んだ優越感しか生まれないから。
絶対価値の中に生きてると、ストレスはなくなり、他者との関係もスムーズになる。そして、良いモノが生まれ、良い影響を周りに与えることができる。
常に絶対論で考えることが大事。決して他者と比較してはならない。比較するなら、神とでなければ意味がない。
絶対価値の中に生きてると、ストレスはなくなり、他者との関係もスムーズになる。そして、良いモノが生まれ、良い影響を周りに与えることができる。
常に絶対論で考えることが大事。決して他者と比較してはならない。比較するなら、神とでなければ意味がない。
2009年11月6日金曜日
This is it
こんな映画は初めてだ。
エンドロールが終わるまで、ほとんど出て行く人はおらず、最後には自然と拍手が沸き起こった。「映画」というカテゴリーで括るのが間違っているのだろう。
ほとんどプライベートライブと言っても良いのではないか。マイケル・ジャクソンが自分一人のためにパフォーマンスしてくれている。そんな気分になった。自宅に大型テレビかプロジェクターがあれば、家で一人、踊り、歌いながら観たい、そんな映画だった。
マイケル・ジャクソンが偉大な、そして二度と戻ってこない永遠のパフォーマーであることを痛切に感じた。
50歳にして、あの体の切れ、そして変わらぬ感情に訴えかける歌声。最高だった。
一切妥協のない姿勢、努力、人を魅きつけて止まない才能。マイケルとの共演に全てを投げ打って参加しているメンバーの熱さ。
全てが感動に満ちている。
何より、愛に包まれたマイケルのメッセージ。素面では聞けないような言葉もマイケルだから説得力がある。昔から、人類愛、地球愛を歌い続けてきたマイケルだからこそのメッセージだろう。
自分もカラオケでは、かなりの頻度でWe Are The Worldを歌い、周りの人にはある程度認知されたマイケルファンなので、一曲々々が深く染み入るような体験だった。
ありがとう、マイケル・ジャクソン。
Heal the world make it better place.
I love you, Michael Jackson.
エンドロールが終わるまで、ほとんど出て行く人はおらず、最後には自然と拍手が沸き起こった。「映画」というカテゴリーで括るのが間違っているのだろう。
ほとんどプライベートライブと言っても良いのではないか。マイケル・ジャクソンが自分一人のためにパフォーマンスしてくれている。そんな気分になった。自宅に大型テレビかプロジェクターがあれば、家で一人、踊り、歌いながら観たい、そんな映画だった。
マイケル・ジャクソンが偉大な、そして二度と戻ってこない永遠のパフォーマーであることを痛切に感じた。
50歳にして、あの体の切れ、そして変わらぬ感情に訴えかける歌声。最高だった。
一切妥協のない姿勢、努力、人を魅きつけて止まない才能。マイケルとの共演に全てを投げ打って参加しているメンバーの熱さ。
全てが感動に満ちている。
何より、愛に包まれたマイケルのメッセージ。素面では聞けないような言葉もマイケルだから説得力がある。昔から、人類愛、地球愛を歌い続けてきたマイケルだからこそのメッセージだろう。
自分もカラオケでは、かなりの頻度でWe Are The Worldを歌い、周りの人にはある程度認知されたマイケルファンなので、一曲々々が深く染み入るような体験だった。
ありがとう、マイケル・ジャクソン。
Heal the world make it better place.
I love you, Michael Jackson.
2009年11月4日水曜日
戦略的にビジネスるためには
何か手持ちのネタが必要なんじゃないか?
環境とかエネルギーといった、ざっくりした流行で施主の行動を先読みし、ハコ物に関わる何かを探すのも良いかも知れないが、結局、行動起点が人任せと言う請負体質からは抜けきれない限りは、本質的に戦略的な議論にはなり得ない。
手持ちを作るにはリスクを取る勇気と覚悟が必要だろう。組織が本質的にそういった勇気や覚悟を持ち得ないとしたら、どうすればいいか?
一つは、会社にそのような行動を取ることや、そういったポジションで話をすることそのものを期待しない、むしろ、想像すらしない、という(消極的な「諦め」の)方向性がある。
研究所という立場で考えれば、自己満足型、自己完結型で浮世離れした研究テーマをシコシコと進めること、が一つの解かもしれない。ここにはチームワークは不要で、逆に、(何らかの役に立っている事の)行為証明をする為に、目的を分割したり、意図的に矮小化したりすることが必要になる。その結果、小さな小さな、そして一人で実施・展開するような、ほとんど意味のないテーマが量産されることになる。
本質的に意味がないから、ムリやり意味を作り、ますます浮世離れしていく。そこに育ったヒトは、浮世離れしてる事がその組織の存在意義であると勘違いし、その勘違いに気づくことはない。
もう一つは、少しばかり積極的な「諦め」がありそうだ。諦めるコトによって、目の前の事象に集中し、その問題解決を目指す、と。ライン業務に従事するヒトは、むしろこっちだろう。
この場合は本来的に、より卑近な事象にフォーカスすることになるので、自ずと近視眼的になる。極端に言えば、近視眼的であればあるほど、そして、その問題解決スピードが早ければ早いほど、有能であると勘違いする。本当は問題解決能力よりも、問題定義能力の方が重要であるにも関わらず、である。そして、その勘違いは正される事なく、気づく事もない。
従業員に(組織が持つべき覚悟や勇気に対する)諦めを持たせて良い事は何もない。それらを従業員に信じさせる事が、会社に課せられた唯一の義務なんじゃないかな。
それができない会社に、戦略的にビジネスる事なんて、できようはずもないだろう。
環境とかエネルギーといった、ざっくりした流行で施主の行動を先読みし、ハコ物に関わる何かを探すのも良いかも知れないが、結局、行動起点が人任せと言う請負体質からは抜けきれない限りは、本質的に戦略的な議論にはなり得ない。
手持ちを作るにはリスクを取る勇気と覚悟が必要だろう。組織が本質的にそういった勇気や覚悟を持ち得ないとしたら、どうすればいいか?
一つは、会社にそのような行動を取ることや、そういったポジションで話をすることそのものを期待しない、むしろ、想像すらしない、という(消極的な「諦め」の)方向性がある。
研究所という立場で考えれば、自己満足型、自己完結型で浮世離れした研究テーマをシコシコと進めること、が一つの解かもしれない。ここにはチームワークは不要で、逆に、(何らかの役に立っている事の)行為証明をする為に、目的を分割したり、意図的に矮小化したりすることが必要になる。その結果、小さな小さな、そして一人で実施・展開するような、ほとんど意味のないテーマが量産されることになる。
本質的に意味がないから、ムリやり意味を作り、ますます浮世離れしていく。そこに育ったヒトは、浮世離れしてる事がその組織の存在意義であると勘違いし、その勘違いに気づくことはない。
もう一つは、少しばかり積極的な「諦め」がありそうだ。諦めるコトによって、目の前の事象に集中し、その問題解決を目指す、と。ライン業務に従事するヒトは、むしろこっちだろう。
この場合は本来的に、より卑近な事象にフォーカスすることになるので、自ずと近視眼的になる。極端に言えば、近視眼的であればあるほど、そして、その問題解決スピードが早ければ早いほど、有能であると勘違いする。本当は問題解決能力よりも、問題定義能力の方が重要であるにも関わらず、である。そして、その勘違いは正される事なく、気づく事もない。
従業員に(組織が持つべき覚悟や勇気に対する)諦めを持たせて良い事は何もない。それらを従業員に信じさせる事が、会社に課せられた唯一の義務なんじゃないかな。
それができない会社に、戦略的にビジネスる事なんて、できようはずもないだろう。
2009年11月2日月曜日
既得権からの解放
日本は老人に支配された国だ。それは人口構成を眺めてみるだけで容易に理解できる。
現状が変わらないとすれば、何をすればいいのか?
搾取し、搾取される関係性からの脱却は、即ち既得権からの解放である。分かりやすく言えば、自立せよ、という事だろう。さらに言えば、他者との関係性を自らの意思でマネージせよ、という事でもある。
それも、社内で自立するつもりで仕事をする、とか生易しい話ではなく、リアルな自立を志向できるか、行動できるか、が今後の人生において哀しい搾取の連鎖から脱却する唯一の道だろう。
現状が変わらないとすれば、何をすればいいのか?
搾取し、搾取される関係性からの脱却は、即ち既得権からの解放である。分かりやすく言えば、自立せよ、という事だろう。さらに言えば、他者との関係性を自らの意思でマネージせよ、という事でもある。
それも、社内で自立するつもりで仕事をする、とか生易しい話ではなく、リアルな自立を志向できるか、行動できるか、が今後の人生において哀しい搾取の連鎖から脱却する唯一の道だろう。
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