2013年3月15日金曜日

排他性の重要性

かつてSNSについて考えたことがある。ビジネスの可能性についてだ。結論としては、SNSにあまり大きな期待を抱いても、期待外れになりそうだ、ということだった。

一番気になったのは、趣味の関係で知り合った人、仕事の関係で仲良くなった人、また、いやいや付き合っている人、昔の友達、家族といった多様な属性を持つ人を相手にして、同時に共有したい情報なんてない、という事だ。

Facebookが当初ハーバードだけで使われていた、極めて排他的なサービスだったことが象徴的だが、やはり属性が共通する人を繋ぐサービスがSNSなんだと思う。

そう考えると、最近のFacebookのダメさも分かる気がする。属性を飛び越えてユニバーサルなサービスとして、万人に使ってもらおうとした途端、表面上のお付き合いをバーチャルで実現する、という意味不明なサービスになるからだ。

そういった意味では、知合いのタイムラインなんて見えない、IMの様なサービスの方がユニバーサルと思えるが、それでは面白味が無いと言うのが、最近のネットワークサービスのスタンスだ。

ユニバーサルを捨てると、ユーザーが増えず、マネタイズが困難になる。ユニバーサルを目指すと薄っぺらい使い方しかしてもらえなくなり、同じくマネタイズが遠のく。

良い着地点は未だ見えてないと思うが、そのうち見つかるのだろうか?

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