2010年9月29日水曜日

京都・壬生

伏見に続いて、壬生に行ってみた。最寄駅は、阪急四条大宮かJR丹波口。どちらの駅からも10分くらいだろうか。

丹波口からアプローチして、壬生寺へ。そのまま堀川通に抜け、西本願寺を経由して京都駅へ向かうルートを選択。というか、丹波口の駅前で紹介されていた、新選組を感じるルートをそのまま活用してみた。

それにしても面白みのない道で、ほとんど見るものがない。街並みも歴史的な何かを残そうとしている意図は感じられない。まばらに新選組関連の土産物屋さんがあるが、どこも寂れている。

新選組のブームが去ったのか、それともそもそも人気が無いのかは分からないが、観光客も少ない。

新選組は、その位置づけが微妙だ。後の世の人たちが見ると大局観のない人斬り集団のようでもあるが、京都守護職として任に当たった公式警察組織である見廻組と異なり、乱世の危機を感じて自主的に組織された集団であり、方向性は違えど維新の志士と呼ばれる人たちと、本質的には変わらない。

それでも、壬生の街の人たちも、あまり新選組は好きでは無いのかも知れない。いや、壬生に愛着を持っている人がそもそも少ないのかもと思えるぐらい、街に活気や意思、意図、気持ちといったものが感じられなかった。

壬生寺を通り抜け、八木邸、前川邸を眺めつつ、通り過ぎた。それだけ。それ以上ではない。






八木邸はお茶とお菓子がセットで観覧料1,000円という法外な料金だし、前川邸は中の様子を記した間取り図があるだけで入れるワケではなく、土産物屋があるだけ。しかもネット情報によると写真撮影禁止だとのこと。時代遅れも甚だしい。バイラルの拡がりを考えれば、いずれも逆効果だろう。どちらも、もったいない商売をしているもんだ。

そんなことを考えながら、堀川通に向かって細い道を通る。本当に何も無い。

堀川通を下ると西本願寺に着く。ここは、八木邸、前川邸に続く新選組の二ヶ所目の屯所で、しばらくして、また別の場所に再移転することになる。長州に近かった本願寺にしてみれば、厄介な奴らが来た、ということだが、時節柄断れなかったんだろう。出て行く時は、費用を始めとして全ての面倒を西本願寺がみて、「疫病神が出て行った」と大喜びしたと言う。






その後、さらに南下して京都駅に向かった。終了。

街歩き、遺跡探索としては、今までで一番つまらなかったが、京都に対して新たな感想を持った。

それは、京都という街が日本人のアイデンティティの一つの源泉であり、幕末という時代の燃焼を経て焼結し、アイコンとなっている事実だ。これについては、考えをまとめて、別の機会に書きたいと思う。

2010年9月27日月曜日

京都・伏見寺田屋

また京都に行く機会があったので、今回は伏見に行ってみた。目的地は寺田屋。

京都駅から近鉄に乗り桃山御陵前駅で下車。ここは、京阪、JRが入り乱れる関西の鉄道会社にとっての激戦地の一つだろう。

駅前はかなり栄えており、商店街も立派。数えてはないが、トータルで400軒前後はありそうなくらいで、平日の昼間にも関わらず多くの人出があった。思ったよりもずっと活気があり、しかも整備も行き届いているので、気持ちよかった。


駅前の商店街を抜けたところから左に曲がる少し規模の小さな、しかし小綺麗な通りを抜けるとアーケードがなくなり、龍馬通りという商店街へ。ここは坂本龍馬の遺産で食べているような場所で、何かにつけ龍馬、お龍の連呼で、有り体に言うと観光地の土産物ストリートだった。

その通りを抜け、川に突き当たったところを右に曲がると目的の寺田屋、左に曲がると黄桜の工場と伏見土佐藩邸跡がある。

そう言えば、伏見は酒処だった。若干の誘惑を振り切り、寺田屋へ。



wikipediaを読むと、今の寺田屋は当時のものではなく、復元されたものらしい。ただ、誰かに指摘されるまでは公表してなかったようで、何となく胡散臭い雰囲気が漂う。wikipedia上では頻繁に「◯◯と称する」という記述が続く。現在も、その旨のマトモな説明などはなく、あたかもオリジナルに一部改築を加えただけのように見せかけている。

到着したのは10時半ごろだが、既に行列ができておりオープン早々忙しかったのだろう、態度の悪い受付に400円払って入場した。

中は、あらゆる物がニセモノのように見えた。様々な書や写真があったが、全部解像度の悪い写真を引き伸ばした物で、なおかつ出典とか原典とか、本物はどこに置いてあるとか、著作権を始めとする権利に関する記述が一切なかった。原本が展示してある場所に行って、コッソリ撮った写真を加工して、勝手に二次利用していると思われてもしょうがない展示方法だ。

ピストルや刀も「お手を触れないで下さい」との注意書きの下、無造作に展示してあったが、本物に近いようなレプリカならその程度で済むワケもなく、プラモデルに近いレプリカであると推察される。

また、坂本龍馬や中岡慎太郎の有名な写真をパネルにして、3000円で売ってたりする。もちろん、権利に関する但し書きはない。史跡としての碑が立っていたが、非常に中国的な空間だと感じた。

本物の寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失したと言われる。室内の柱に、誰々から拝領したとか、刀傷とか弾痕とか書いてあるが、それも怪しいだろう。間取りも本当がどうかは分からない。

建物を復元するのは良い事だと思うが、ニセモノにしてしまっては意味がないと思う。せめて中にある展示品を、もうちょっとマトモにして、原本を保管している組織なり博物館なりから、ちゃんとお墨付きを貰うようにしないと、ダメだろう。

今の状態は、単に坂本龍馬のスネを齧っているだけに過ぎない。価値を定義し直さない限りは、いつかは賞味期限が切れてしまう。そして、全てを失ってしまう。そんなことは、龍馬もお登勢も望んでないだろう。

2010年9月24日金曜日

過不足のないサービスは難しい

春頃、乗っている車が異音に悩まされていた。

たしか半年ほど、不連続で不定期な異音が前から後ろから聞こえ、とても気になった時期があった。キュッキュッという音で、何となくサスペンションかな?なんて思って、ディーラーに持って行くと、その場では再現せず、何の手が打たれる事もなく、また日常に帰っていった。

気がつくと、また鳴りだし、気にはなるがディーラーに持っていくほどの再現性もない現象にどうしようもない状態が続いた。

ある時、若干の振動を伴って、今までに聞いたことのない音が聞こえてきた。しかも、かなりの大きさで。その音は「カキン、コキン」という金属音だった。そんな音が走っている間中、絶え間なく聞こえてくるようになったので怖くて怖くて、震えながらそーっと運転し、近くのディーラーに飛び込んだ。

「異音が続いて、怖くて乗ってられないので、大至急で見てください!」

GWだったのでディーラーも忙しく、飛び込み客はあまり歓迎されてない雰囲気を感じた。が、状況が状況だけに即検査となった。

しばし待つと、担当者が報告に来た。
「スタビライザーのボルトが緩んでました。締めておきましたので、もう大丈夫ですよ。GWじゃない時に予約して来ていただけると、スムーズに対応できますので、次回からよろしくお願いします。」

以前から、異音がするので見てもらったが、取り敢えずは異常がなくて、ディーラーで現象が再現できないと対応のしようもないと言われ、すごすごと帰った経験もある。車検を普通に通してても、オーバーヒートしかけた事もある。

事後的にしか対応できないなら、それは検査とは言わないんじゃないかな?車検で言われるのは、タイミングベルトなどの、いわゆる部品寿命に関するものと、液体系の目減りに関するものが中心で、今回のような部品が緩んだり、ポンプが詰まったり、という現象へのカバーはできていないように思う。

そして、仮に異常の兆候を掴んだとしても、再現性がなければ対応できないとなれば、事前に余裕をもってディーラーに持ち込むなんて事はできるワケもなく、単に客にムリを強いているだけになる。

今回のディーラーの対応をどうこう言うつもりはないが、どうもサービスとして帯に短したすきに長し、という感は否めない。持ちうる敷地や設備の大きさとの整合を取る必要もあるし、なかなか一朝一夕にはいかない事も分かるが、サービスという領域はまだまだ改善の余地が残されている事を感じた出来事だった。

2010年9月22日水曜日

お前らがしっかりしないと、俺たちが楽できないだろ

世代間のギャップを感じる一言。最近言われた。無視したけど。

別にあなた達に楽をさせたいから頑張るつもりはない。あるとすれば、もっと個人的なモチベーションで、家族を楽させたいからとか、自分が楽しく仕事したいから、とか。

世代間ギャップのあるモチベーションは会社の中で解消するしかないが、個人的モチベーションは解消方法を外部に持っていくことができるところが違う。

同期の例を挙げて、もっとシッカリせぇと言わんばかりの話が続いた。個人の問題もあるかも知れないが、教育・育て方に不備があったと感じる部分も多い。

現在の60才前後の方がバリバリだった頃と今では、世界を覆うメッシュの細かさが違う。

人の能力は古今東西そんなに変わらないと思う。もちろんある分布で優秀な人とそうでもない人のバラつきはあるだろうが、95%の人は誤差の範囲内の認知空間の中にいる。つまり、理解できるメッシュの目の数は人によってさほど変わらないとすると、荒いメッシュで育った人と細かいメッシュで育った人は自ずと認知できる空間領域が違うはずだ。

そう考えると、人は年代を経るごとに小粒になっていくのは必然だ。特異な才能を持つ巨人だけが、その年代のギャップを超えられる。昔の人に比べて小粒な自分を嘆く必要はまったくない。

メッシュの細分化は文明の進化スピードと相関があるように感じる。ここ30年ほどは文明が急速に進展しており、それに伴ってすごいスピードでメッシュが細分化している。それゆえ、人が理解できる空間の大きさが急激に縮んでいると考えられる。

だから、団塊世代の人たちが、バブル世代の我々を見て、シッカリせぇというのも分かるが、そう言う前にメッシュサイズの変化を理解する必要があるし、それに合わせた人材育成をしてきたか、という自らの行動を振り返る必要がある。

こういった認知空間の縮小に対抗できるのは、新たな空間への挑戦だけだろう。

昔の人が作った空間はシュリンクしていく運命にあり、先に居た人が圧倒的に有利だ。後に続く人は、前の年代がリタイアするまでは基本的に空間の支配者になれないし、常に小粒と言われ続ける運命にある。空間の支配者たちも、別の空間に行けば小粒との誹りを免れない立場に落ちるとすれば、今いる空間に居続ける方が合理的だ。

そんな関係性が日本の企業/社会の遺伝子には組み込まれている。特に歴史の古い会社には。

ゼネコンは、あらゆる産業の中でも最も古い部類だろう。ほとんどの人がシュリンクする世界の呪縛から逃れられずに、小さな空間の支配者として生きる道を選んでいる。哀しい事だが、そこに居る人たちの気持ちは「お前らがしっかりしないと、俺たちが楽できないだろ」という言葉に集約されている。

2010年9月20日月曜日

認識のズレ

会社の人と話をしていて、全くかみ合わないのは、将来への展望というか、キャリアパスの考え方というか。

自分は、今現在ある程度高い地位にある人の勇気ある決断を望んでいる。まだ、そこまで逼迫した状況ではないので、仕方ないのかもしれないが、会社を辞めた後にどのようなパスが有り得るのかを示すのも年長者の役目だと思うからだ。

例えば、課長で出ていったら、その後どんなパスを描けるのか?部長では、センター長では?さらに上のポジションでは?

例えば、どこまで社外での知名度が上げた後で独立したら、こんな仕事ができて、こんな未来が有り得るとか。例えば、研究をひたすら続けて、オンリーワン技術を身に付けたら、こんな未来が待っているとか。例えば、しがない形で会社人生を全うしたら、その後はこんな事しかできないとか、いや、こんな事ができるとか。

一流の会社を謳うなら、何をどこまですればどうなるかの、ロールモデルが一杯あってもおかしくない。逆にそれがないと、何をするにしても、何の指標や道標をも持たずに自分で歩んで行くしかない。誰かに連れて行って欲しいとは思わないが、何らかの地図はあった方がいい。少なくとも、社内での振る舞いは、そういったものが無いと、情熱を傾けるのは難しいだろう。

そんな意味で、明らかに上がりのポジションの人や、これ以上上に行く目のない人には、そういった規範を示して欲しいと思ってた。僕たちに色んな可能性を見せて貰いたいと思っていた。

こういった議論は、社内でも意見が分かれる、というか、賛成してくれる人はいない。

みんな何を参考に人生を選択するんだろう、といつも思う。別に選択なんて無いのかもしれない、とも思う。そんなの、誰かを参考にするようなイシューではないのかも、とも思う。

でも、自分の人生だし不安だ。何か、仄かな灯りでも良いから、足元だけでも良いから照らしたいとも思う。まあ、どうすれば上のポジションに上がれるかの指標すら曖昧な会社に望むべくも無いが。

きっと自分の身の周りに、そういったロールモデルを見つけられた人は稀なんだろう。多くの人は、歴史上の人物や著名人の振る舞いを参考にして、自らの身の振り方を考えていくんだろう。

つまり、歴史に学ばない人は、変わりようがないという事かも知れない。

自分も直接に部下や後輩がいる訳では無いが、何らかの範を示すような時期にきている事は感じる。

2010年9月17日金曜日

代表選って何のためにあるの?

国民と国政を全く無視した民主党代表選が終わった。

今回はオザワかなーと思ってたが、正直なところ、全く興味がなかった。ほとんどの人がそうだったんじゃないかな?だって、国民とは関係のない所でやっている権力闘争に過ぎなかったから。

今、揉めてる場合じゃない。

経済、赤字国債、社会福祉、為替、不明高齢者、地方の疲弊、領土問題など、多くの膿が吹き出し、すぐにでも治療を始めなければ、全身が不全状態に陥り、静かに衰弱していくことになる。今こそ政治の力が必要な時のはずだ。

そんな、一刻の猶予もない日本において、言葉の力や組織の力やお金の力を持たない社会主義者がトップに立つことは、無為の時間が長くなるだけ有害と言えるだろう。最小不幸社会なんていう下に合わせる政策で、日本が良くなることは絶対ない。

いつもいつも、長い国政の空白期間を経て生まれる日本のリーダーは、その空白期間を生む権力闘争に注力するあまりに、国を放置しがちだ。今まではそれでも良かったのかも知れない。それで、政治家はその本分を忘れてしまったのかも知れない。そうなってしまったキッカケが田中角栄だとすれば、すでに35年も国という存在を蔑ろにしてきたことになる。

でも今は、個人よりも国を優先できる人でないと、もう保たないと思う。少なくとも菅ではダメだろう。とは言え、重大で分かりやすい失策がない限りは、ユルユルと続くのが日本の政治だ。

本当ならば首相が進退を問うのは、国民に対してでなくてはならず、だからこそ4年間何があっても職務を全うするか、衆院選と一体でなければ意味がない。

これで、次の衆院選までの残り2年ほどの停滞、すなわち日本を取り巻く状況の悪化が確定した。

2010年9月15日水曜日

ビジョンの重要性

グーグルとアップルの戦いを端で見ることになってしまった日本勢を見るにつけ、これからの時代は総合力なんていう曖昧な言葉ではなく、ビジョン(やコンセプト)が重要なんだと再確認した。

ビジョンはそれを考える主体によってレベルはバラバラで、ある時は曖昧だが、別の時には具体的になる。総合力は常に曖昧で具体的イメージがないところが違う。

今、元気が良い企業は、創業者が陣頭指揮している企業か、中興の祖と呼ばれる創業者に近いメンタリティを持ったリーダーが大鉈を振るっている所か、どちらかだ。つまり、ビジョンが極めて明確な企業が栄える時代になっていると言える。

かつては、何をする企業かが曖昧でも、総合力が高く、何でもできる企業が力を持った時期もあった。それは、塊としての人間の総量が企業の力だった高度成長期だ。今の中国やインドはそうなんだろう。

そう考えると、ビジネスはビジョンに始まり、総合力という名の人海戦術を経て、ビジョンに戻る、と言うことか。最初のビジョンから総合力への変化は、企業規模の拡大と呼応して自然に行われるが、次の総合力からビジョンへの移行は、相当意識的に行わないと難しい。

この二つ目の変化は、DNAとして変化を刻みつけている会社か、奇跡的に中興の祖が出現する以外にあり得ないかもしれない。

実際、中興の祖が生まれる土壌として、そのトレーニングの一つに、新規事業を立ち上げるリーダーとして30代のうちに抜擢する、ということを提唱している経営者もいるが、それは変化を前提とした会社だけが実施できる教育方法だろう。つまり、通常の会社で中興の祖が生まれる確率は限りなく低い。

もう、総合力で勝負できる時代は終わった。

総合商社、総合電機、そして総合建設業者は、その看板を下ろす時が来ている。ただし、変化することが少しでもDNAに刻まれてないと、看板を下ろすのは容易ではない。究極の選択が待っている。

2010年9月13日月曜日

比較ベース戦略はダメ

日本は、ここで言うまでもなく元気がない、閉塞感に溢れていると言われる。ここ最近は、技術で勝って事業で負ける、という妹尾式評価がコンセンサスを得ているように思う。

そして、競争戦略の専門家や経産省などが好きなのは、他国との比較から日本のあり方を考えようという姿勢だ。

妹尾式にしても、アップルやインテルはうまくいってるよねという視点だし、経産省の産業構造ビジョンは韓国との比較で、危機感を表現していた。でも多分、他国はそんなに他国を比較した上で自国のポジションを考えてはないと思う。

アメリカはたまたまシリコンバレーやニューヨークなどIT技術や金融技術が卓越した地域があっただけだし、中国は人口の多いだけ、韓国は微妙な国のサイズが企業を大きくして国際化を促進しただけだし、ヨーロッパは地続きという地域特性を活かしているだけなんじゃないかな?

つまり、みんな自国の強みを伸ばすような産業政策を打っているだけで、他国の状況がどうとか、評論家レベルでは調査するにしても、方針を決める際のカギにはなってないように思う。

つまり、日本も日本の強みをフルに発揮できるような産業政策を打てばそれで良いのであって、別にアメリカ、中国、韓国、ヨーロッパがどのような方針で動こうとしているかなんて、気にする必要はないんじゃないかな。

じゃあ、日本の強みってなんだ、という話だが、過当競争に裏打ちされた、消費者の購買レベルの高さじゃないかと思う。つまり、コストパフォーマンスの見極めがかなりシビアで、なおかつ、良いものを求める意識が強いと言うこと。ここは、国際的にも比較優位なポイントだと思う。

比較的大きな国内市場に支えられて、多くのメーカーが激烈な競争を繰り返したことがもたらした効用は、消費者にレベルの高い商品を見比べる機会を与えた、ということだろう。

今後を考えると、その唯一と言っても良い比較優位ポイントが、急速に劣化していく方向なのは間違いない。

人口は減少し、市場は縮小し、企業は弱体化する。つまり、今までのような、消耗戦と揶揄されながらも、商品を鍛える場ともなっていた国内競争ができなくなるということだろう。

また、若者から高齢者への所得移転を伴いながら、高齢者が増え、若者が減る。つまり、枯れたニーズしか持たずお金を持て余している高齢者と、お金を持たず商品を鍛える目を育てることのできない若者が、バラバラに存在する状況が加速している。この状況は、外国企業のいいカモだろう。

他国比較ばかりして、自国の強みを見失ってばかりいると、やり直しが効かない状況に陥りそうでコワイ。

2010年9月10日金曜日

インセプション

これは、面白い。
ストーリーがユニークで、CGがすごい。
まぁ、主人公が追われる理由とか、案件の依頼理由とかが今一つだったけど、そんな事は些末な事だろう。

夢と現実の境界線は曖昧で、夢はカスケード式に階層化されており、階層が深まるにつれて時間軸が伸びていくという設定。そして、意識的に複数の階層を行ったり来たりできるスキルを持った人たちが主役。夢から潜在意識に入り込み、頭の中にあるアイデアを盗み出す。または、アイデアを植え付ける。夢と現実の整合を取るために世界観を設計し、環境やストーリーを作り込む。

複数の時間軸を作り込む事ができるので、現実世界では非合理なシーンが同時進行することになる。下位階層は上位階層の影響を受け、世界が矛盾に満ちていく。

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何がなんだか分からない状態がしばらく続き、徐々に世界観が理解できてくると、一気呵成にゴールに向かって突き進んでいく。

普段でも、今見えているもの、感じていることは現実なのか、そうでないのかと考える事がある。もしかしたらイメージを共有しているだけじゃないか、と。

夢からさめるには、現実世界で設定された「目覚まし」で起きるか、夢の中で死ぬしかないとしたら、そこにいる人たちが、現実か夢かを判断する術を持っていない事になる。

映画の中では、現実と夢の区別がほとんどなく、ただ階層が違うだけという感じだった。つまり、今、自分たちが暮らしているこの世界も、実は、一階層深い夢の中なだけかも知れない。そのことは、死んで初めて分かる。

そう考えると、ある種の宗教的な考え方を映画という表現方法に落とし込んだようにも思えた。あるいは世界各地に残っていると言われる浦島太郎的な伝説の、一つの表現なのかも知れない。

夢の中の登場人物は、現実世界の写像であり、夢の所有者の意識でしかないとしたら、その登場人物たちが考えることは、所有者の想像力を超えることはない。つまり、夢の階層が深くなるほど、アイデアはリジットに、リアリスティックになっていくのだろう。

だからこそ深い階層で見い出したアイデアは、頭にひどくこびりつき、増殖する。最後には、無視することができないくらいに巨大化し、囚われ、アイデアを実行せずにはいられなくなると言うことだろう。

2010年9月8日水曜日

ソーシャルゲームの立ち位置

そう言えば先日、佐々木俊尚さんのtweetでテレビCMに関する面白い考察をしていた。

『サラ金(消費者金融)→パチスロ→法律事務所→ソーシャルゲームとTVCMに出稿する広告クライアントの主流は21世紀以降移り変わってきたけども、業態は違えど"これらのビジネスターゲット"が全く変わっていないことに注目すべき』

食いものにされているのは常に同じ層で、また、この層はよくテレビを見る層でもある。つまりテレビ番組は、彼らにウケるよう企画されている訳で、そうとは気付かずに見ている我々は、そちらに誘導されてる訳だ。

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SNSはどうも性に合わず、ほとんど使ったことはないが、アカウントを持った数年前はどちらかというとGREEに肩入れしていたように思う。完全にMixi優勢だった時期だから単なる判官びいきだったんだが。

最近のGREEはどうも好きになれない。

同じくDeNAに関しても、Yahoo!オークションよりビッダースを信頼し、チェックしていた時期もあった。

同じく、最近のDeNAは好きになれない。

単にゲームをやらないからだとも思ってたが、佐々木さんのtweetで理解できた。彼らは消費者金融やパチンコと同じ穴に入ってしまったからだ。射幸を煽り、依存度を高めるそのあり様は、見方によっては麻薬と同類かもしれない。

はてなのCTOがGREEに転職したように、エンジニアにとってライバルのいる関係は、新しい事へのチャレンジをするに適した環境でもあり、理解できる。

ただ、ビジネスとして見た時に、そんな企業が今現在、最も伸びているITベンチャーだとは情けない。さらに、それらに肩入れするVCを始めとする企業も、日本のITベンチャーをどうしようと思ってるのか、聞いてみたい。

ソーシャルゲームのように、社会に資するインフラとなり得ないサービスが、メインストリームになってはいけないと思う。消費者金融やパチンコのように「必要悪」というポジションでないとおかしいだろう。

そういった観点で、儲けるのは良いが日本のITベンチャー/Webサービスを代表しているような顔をされるのを快く思ってない人も多いのではないかと感じている。

自分なんかが言っても、何とかの遠吠えでしかない訳だが。

2010年9月6日月曜日

アンチ・グルーポン

グルーポンクローンの勢いがスゴい。

個人的にはあまり浸透するとは思ってないが、それにしても少ないパイを分け合うには余りある事業者の数だ。かなり早い段階で、下手すると今年末ぐらいには、淘汰が始まるのではないだろうか。

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最近のクローンサービスの面白いのは、元祖のサービスを何の躊躇もてらいもなく、丸ごとコピーすることだ。その一例が、グルーポンによるクーポッドの買収だろう。サービスの独自性を追求せず、元のサービスの日本語版として忠実に構築した結果、アッという間にグルーポン傘下になった。VCが、なぜか自ら手掛けるサービスだったので、丸ごとコピーも本家に買ってもらうための戦略通りということだろう。

その他のクローンも、似たり寄ったりで、ほとんと同じインターフェースになっている。本家がデザインを変えた時にはどのように動くのだろう?

インターネットサービスの場合、既に地位を築いている強者を真似するのはよくある事で、古くはヤフーとライブドアとか、最近だとモバゲーとグリーだとかは有名だ。少しでも慣れた手順でユーザーにアピールしようとするフォロワー戦略としては、順当だろう。

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一方で、サービスとしてのグルーポンは、中国のクローンが桁違いの実績を上げていることで分かるように、参加人数こそがサービスのパワーだ。その点で日本市場は限界がある。小さなディールを積み重ねることで、食べて行く事はできるだろうが、それ以上ではない。

お店にしても、Twitterとの連動によるバイラルの効果は高いが、50%オフで訪れた一見客が、その店の味やサービスに惚れてリピーターになるという美しきストーリーは、多くの場合、夢でしかないだろう。つまり、大赤字で集客した結果、定着しないという最悪の展開が予想される。

グルーポンで集客できたお客は、グルーポン内を流通することになり、お客さんを囲い込めたのは、お店ではなくグルーポンサービスだ、という事になると思われる。ぐるナビなどのサービスと全く同じ構図だが、結局、お店にお客さんが定着するには、もう一工夫も二工夫も必要なのだが、そこまでの面倒を見る事はない。

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グルーポンは、初期の知名度を高めるとか、年に一回程度、カンフル剤として使うといった意味では有意義だが、定期的、定常的に使う類のサービスではない。つまり、お店にも街にも、お客さんにも決定的な影響を与えるサービスではない、という事だ。

逆に日常的に使われるサービスにフラッシュマーケティング的要素が入ったら、その有効性、有用性はグルーポンの比じゃなだろう。

2010年9月3日金曜日

自己中心的ソーシャル

ソーシャルサービスが花盛りである。全部アメリカからの輸入だが。

twitter、facebook、foursquare、groupon、etc。これらは連携して、さらに存在感を高めている。中でも、twitterがバイラルの核になっており、そういったソーシャル系においてはインフラ化している。

何となく釈然としないのは、少なくとも日本人の中で、ソーシャルサービスを活用できるほど、コミュニケーションが得意または好きな人がいるのか、という点。もちろんいない訳ではないだろうが、サービスの隆盛を支えるほどの人数なんだろうか?

そもそも中心となっているtwitterが、実は限られた人々のコミュニティとも言えない繋がりしか作ってないとしたら、コミュニケーションの質こそがサービスの形を決める。つまり、アメリカ発のソーシャルサービスってのは、コミュニティではなくコミュニケーションに軸足を置かざるを得ないと言える。

もともと匿名でdisることが目的の一つになっている2chと、世界一投稿数は多いがほとんどがソーシャルな意味を持たないブログに支配された日本のネット界は、コミュニケーションよりもコミュニティに重きを置いてきた。いわゆるムラ社会において、本名が基本のfacebookや同好の士が集まりにくいtwitterは馴染まないんじゃないかと思ったり。

もっと、日本人の特性に合ったサービスってのがあるはずだと思う。つまり、コミュニケーションではなくコミュニティに主眼を置いたサービスだ。ガラパゴスと言われようが、DNAに刻み込まれた日本人的特質までは変えられないだろう。

ムラ社会という狭いコミュニティに属していながら、日本人は極めて個人主義が強いのが特徴だ。社会のために何かとか、口で言っても行動は伴わない。つまり、損得勘定で動く事が多い、ということ。これって、そもそもアメリカ的なソーシャル行動とマッチしない。

そのメンタリティのベースにあるのは宗教だろう。コミュニティの中に個があることを前提にしているキリスト教などと、個人の生前死後の幸せを願う仏教や自然との関わりの中に個の存在と幸せを感じる神道など日本的宗教との違いだと思う。つまり日本の宗教において、個人と自然は登場するが、他人との関わり方、すなわちコミュニティやコミュニケーションについての示唆は比較的少ないのではないかと推察する。

他人の事や関わり方が分からないから、横目に見ながら、遅れないように早すぎないように、他人を観察しながら歩調を合わせてゆるゆると進む。そんな社会が日本だ。つまり、人との距離感を測ることでしか、自分の立ち位置を決められない。

その一方で、先に挙げた2chやブログ、そしてニコニコ動画もそうだが特徴的なのは、「見て!見て!私を見て!」という独善的で刹那的なコメントだ。これが日本人の基本姿勢だ。

言わば、「人は一人では生きられないが、地球は自分中心に回っている」というのが、日本的メンタリティだと言える。そんな日本的なモノの見方、考え方に合うサービスは、シリコンバレーからは生まれてこないと思う。

日本的なソーシャルサービスは、コミュニケーションをできるだけ排除するか、コミュニティに強くコミットするか、といった極端な二択を迫られるような気がする。ほどほどのコミュニティ、ほどほどのコミュニケーションといったアメリカ的ソーシャルに行き着くほど、ヒトが成熟していない。

2010年9月1日水曜日

グッときたメッセージ

先日、霊山記念館に行き、展示内容がイマイチだったことは既に書いた。

実は、心が動いた展示もあった。

それは展示と言うと、やや憚られるような感じで、展示室の窓ガラスに貼った、若干やっつけ感の漂うものだった。ほとんど、見る人もいなかったようだが、龍馬の書簡を抜粋して、シールにして貼ってあった。

中でも乙女宛、慶応元年9月9日付のものはグッときた。

『じつにおくにのよふな所ニて、何の志ざしもなき所ニぐずぐずして日を送ハ、実ニ大馬鹿ものなり』

維新のど真ん中、薩長同盟締結の半年ほど前、薩摩、長州、京都の間を日本の未来について熱い議論しながら駆け抜けていた頃ではないだろうか。

今にも時代が変わらんとしているのに、何をグズグズしてるんだ、という焦り。志を持てないような場所に居続けることは無意味だという想い。そんな所にいたら腐ってしまう、自分の目には見えている未来。日本は変わるんだ、だから志があるのなら今すぐ飛びたて!という気持ち。

どの時代の、どのレイヤーにいても、共通する想い。勇気と覚悟を持って行動した人だけが真に感じることのできる想いだと思う。