2009年10月5日月曜日

老人は白痴、リーマンは無教養、若者は馬鹿者

この分類は楽しいけど、この国の未来のなさを示している。未来を憂い、行動する人材がいないのだから。

未来はヤバいと言いながら、既得権益の椅子から立とうとしない老人たち。彼らはテレビ漬けで、批判はすれど何一つ生産的な行動は起こさない。

サラリーマンもヤバいと言いながら、安穏とした正社員の椅子から降りようとしないのだから、同類か。教養のなさが、現状維持に拍車を掛けている。

若者はヤバさが我身に降り掛かる、最も不利益を被る主体であるにも関わらず、馬鹿であり、リアルに感じることができないので、どうしようもない。

本当にヤバくなってから行動するのは賢い人のする事ではない。ヤバくなる前に、一見不合理な、馬鹿な行動を取り、難を逃れる。もちろん、より大きい単位で難を逃れられるよう努力する訳だが、あるタイミングで見切りをつける。その潔さも同時に満たすべき資質であると言える。

30年前の著書が指摘し、今なお、違和感なく読むことのできる内容は、大前研一と白洲次郎の記述の共通性にも見て取れる。結局、人は変わらず、時代に合うか合わないかだけの話なのかも。

そういった意味では、日本の時代は終わったと、高らかに宣言しても差し支えないのかも知れない。

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