2009年10月7日水曜日

全体最適のモラル

日本で一番混んでいると言われる路線を通勤経路とする身として、人の性を感じるシーンには毎日のように出くわすことになる。特に自分のことしか考えてないような、ある意味で要領の良い行動には眉をひそめる事も多い。多分に鉄道事業者にも非はあると思うが。

例えば、列に並ばない、と言うか、列の脇をすり抜ける行為。大阪出身の自分的には列に並ばないことは、さして不自然な行為ではないが、大阪と東京のそれは全く質が違う。大阪の人は並ばないが、一番を競って駆け込むこともない。実際、席が空いてても立っている人は多い。東京は、確実に人より前に乗りたい、進みたいという人がほとんどだと思う。

また、乗り込むのが遅い人も東京には多い。一番前に立ってても乗り込むのにノンビリしている人がいて、後ろに並んでるとイライラすることがある。こういう人は大抵、ドア脇のスペースを確保したい、という人である。大阪には、こういった人はいない。

さらに、通路を通ろうとしたとき、道を塞いでいるのに避けない人も多い。特に帰りの電車は顕著だ。こういった人々は、社会が助け合いで成立していることに思いを馳せたことがないのだろう。

自分だけが良ければそれで良いという個人主義の塊であり、社会最適の意識が欠如しているとしか思えない。しかし、それぞれは悪い人ではないだろう。社会意識が極端に欠如した欠格者でもないと思う。ただ、そういった事象に対して問題意識を持ち、考えるという行動を取ってないというだけである。

全体最適は考えることから始まる。

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