2010年11月3日水曜日

価値分類

何をサービスもしくは商品の価値とするかは、意外に悩ましい。独善的な価値はあまり受け入れられず、かと言って、何かしらのユニークさがないモノには意味がない。

ザックリ分けると、一次、二次、三次の各産業カテゴリーで価値とすべきものは違うような気がする。

今の世の中、食べ物は品質が最も意味のある価値だろう。TPPに参加する事で安い食糧が入ってきて、日本の第一次産業は深刻なダメージを受ける、という見方がある。同じ品質、または同じに見える品質の勝負だとすれば、その基準は間違いなくコストだろうから、あながち間違ってる訳ではない。が、日本人にとって価値のある品質という観点と、大規模化・工業化によるコストダウン努力余地を考え合わせると、決して一方的に攻め込まれる、というものでもないだろう。

その際、品質が同じに見えないことが大事で、何かをもってコアとなる品質の差別化というのか、同じに見えないようにする努力が必要になる。結局これが付加価値という事になるのだろうか。

第二次産業でヒトに訴求できる価値って、本質的に二つしかないと思う。安いか便利か。だから、ここで勝負するのは大変だ。安さは、設備の規模が勝負の過半を左右するし、最終的には必ず消耗戦になる。最近のグローバル競争の中では、安く広大な敷地と安く大量の労働力、そして投資能力がキーになる。日本はいずれも弱い。便利は履き違えると、新しい機能をドンドン付ける一方で古い機能は捨てられない、という肥大化に走ることになる。捨てる勇気、意思決定力、決断力が問われるが、これも日本は弱い。

第三次産業は、便利、楽しい、役に立つといった、利用者の感情をいかに励起するかが、一つのカギになると思われる。ここでは、価格よりもユニークネス、ホスピタリティ、おもてなし、作り手の想い、新しい切り口などが、重要視される。少し厄介なのは品質は競争要因から外れて、与条件となっており、つまり一定以上の品質がないと競争の土俵にすら登れないことだろう。反対にメリットは、価値と価格の関係が1対1ではないので利益率が極めて高く、50%を超えることは普通で、80%ぐらいに及ぶ事もある、という事。第二次産業での戦いに嫌気がさした企業が独自性を磨いて、第三次産業に足を踏み入れることは、よくある。

アップルのように、表向きはモノづくりをメインにしながらも、サービスとのハイブリッドでビジネスを創り上げている企業は第二次産業ではありながらも、利用者の感情を励起することに付加価値を置いていると言える。

あるアイデアを披瀝した時に、口グセのように付加価値が必要だと言う人がいる。そういう人は、何か今までにない特殊な効用を付加価値と呼びたいらしいが、まずはそのアイデアが、どこに立脚したものなのかを理解することが必要だろう。

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