2010年9月17日金曜日

代表選って何のためにあるの?

国民と国政を全く無視した民主党代表選が終わった。

今回はオザワかなーと思ってたが、正直なところ、全く興味がなかった。ほとんどの人がそうだったんじゃないかな?だって、国民とは関係のない所でやっている権力闘争に過ぎなかったから。

今、揉めてる場合じゃない。

経済、赤字国債、社会福祉、為替、不明高齢者、地方の疲弊、領土問題など、多くの膿が吹き出し、すぐにでも治療を始めなければ、全身が不全状態に陥り、静かに衰弱していくことになる。今こそ政治の力が必要な時のはずだ。

そんな、一刻の猶予もない日本において、言葉の力や組織の力やお金の力を持たない社会主義者がトップに立つことは、無為の時間が長くなるだけ有害と言えるだろう。最小不幸社会なんていう下に合わせる政策で、日本が良くなることは絶対ない。

いつもいつも、長い国政の空白期間を経て生まれる日本のリーダーは、その空白期間を生む権力闘争に注力するあまりに、国を放置しがちだ。今まではそれでも良かったのかも知れない。それで、政治家はその本分を忘れてしまったのかも知れない。そうなってしまったキッカケが田中角栄だとすれば、すでに35年も国という存在を蔑ろにしてきたことになる。

でも今は、個人よりも国を優先できる人でないと、もう保たないと思う。少なくとも菅ではダメだろう。とは言え、重大で分かりやすい失策がない限りは、ユルユルと続くのが日本の政治だ。

本当ならば首相が進退を問うのは、国民に対してでなくてはならず、だからこそ4年間何があっても職務を全うするか、衆院選と一体でなければ意味がない。

これで、次の衆院選までの残り2年ほどの停滞、すなわち日本を取り巻く状況の悪化が確定した。

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