2011年12月12日月曜日

日本メーカーの悲哀

CNETの「アップルの2012年--迫り来る競合各社の脅威」を読んで、日本メーカーの悲哀を感じた。

iPhoneにはGaraxyが、MacbookAirにはUltraBookが、iPadにはKindleFireが迫ってきているということだが、こういった記事は、これからの社会におけるAppleの優位性を過小評価しているように思う。

これからの社会が性能ではなく体験が重要なのは、言うまでもないだろう。今後も新しい技術はドンドン生まれてくるだろうが、当面は性能ではなく、それが与えてくれる体験にこそ焦点が当たることになる。なぜなら、CPU速度やディスプレイ解像度は人間が認知できる限界を既に超えており、向上スピードとそれがもたらす効用がリニアの関係になくなっているからだ。端的な例は、iPhoneのRetinaディスプレイであり、その名の通りその精細さは網膜レベルに達している。

そういった今後の社会において重要なのは、速度や解像度ではなく、全体としての齟齬のない作り込みである。その意味で、Appleに対抗できるメーカーはいない。

ハード、OS、ソフト、コンテンツを一貫して作っている事の優位性は、今後ますます顕著になるだろう。発展途上段階にあった今までのように、分業体制に優位性があった時代は終わった。ハード、OS、ソフト、コンテンツの中で代替が効かないのはOS/コンテンツなので、OS/コンテンツを中心に世界は回るだろう。

Windowsの能力を最大限に引き出せるPCを作れるのは一体どこか?MouseやKeyboardではとっくの昔に実現しているように、Microsoft以外にないように思う。ではAndroidにとって最良のハードはどこが作れるか?Googleだろう。先日買収したMotorolaがその役目を果たすのかも知れない。Amazonのコンテンツを活かせるハードは、Amazonにしか作れない。

つまりGoogleはスマートフォン、タブレット端末について準備ができつつあるが、PCはない。Microsoftに至っては全てにおいて何もない。Kindle FireがAppleにとっての唯一の脅威になっているのは、当然の帰結だろう。

では、OSもコンテンツも持たない日本メーカーが取り得る選択肢はどこかというと、今まで通りGoogle/Microsoftからライセンスをもらい、差別化とも言えない差別化によってコスト競争のレッドオーシャンを泳ぎ続けるか、完全に傘下に入って主導権を放棄するしかない。コモディティ化したハードから新しいコンセプトが生まれない限りは。

日本メーカーの悲哀は続く。

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