2011年8月5日金曜日

急性心筋梗塞

松本山雅FCの松田直樹選手が急性心筋梗塞で亡くなった。34才というあまりに早い旅立ちに言葉を失う。

先週火曜日に突然飛び込んできた突然のニュースに、二つのことを思った。

一つは、自分が松田を応援していたこと。

松田のような親分肌の人間には、いつも憧れを感じる。自分にはない要素だからだろうか。何かに突出して、才能と努力でトップに立ち、そのことを鼻にかけるでもなく、ひたすら自己を貫き、その価値観を情熱を持って周りの人に伝え、影響を与えていく。そんな風になりたいと思いながら、そのいずれのポイントにおいても力を持っていない自分には、見果てぬ夢のようにも感じている。だからこそ、そのような人間を見ると、尊敬というか畏怖というか、そんな感情を持つ。そして、こういう人に巻き込まれてみたい、そして少しでもその人に影響を与えてみたいと思う。

実は、そういった人はさほど多くなく、自分のサラリーマン人生の中でも数えるほどしかお目にかかっていない。そういう人は、周りに押されて、リーダーの地位に立つ。その時に、そのリーダーが作る世界観の中で一緒にいたいと誰もが思うのだろう。

きっと松田はそういった人で、皆が松田の世界観に巻き込まれる事を楽しんでいたのだと思う。口では「あいつ、うぜー」とか言いながらも、巻き込まれる事に喜びを感じていたのではないだろうか。

そんな松田を応援していた。というか気にかけていたということを改めて感じている。

二つ目は、AEDがあれば死なずに済んだのだろうかということ。

AEDは割と一般的になってきていると思うが、当然使う機会も少ないので、一つの街の風景になっていると感じる。AEDが活躍するニュースは数年に1回あるかどうかでしかない。今回のような、突然多くの血栓が心臓の血管を塞いでしまうような場合に、AEDで蘇生するものなのだろうか。印象としては心室細動を除去するためにあって、血栓を取り除くことができるのかどうかはよく分からない。ただ、蘇生する可能性が高まったことは確かだろうと思う。

AEDのような予防措置がなければ、人は意外にあっさり死ぬ。どんなに鍛えていても、どんなにストイックに自己を律していても、それは変わらない事実なんだろう。

社会的にはAEDをより普及させるのも重要だろうが、個人としては、いつ死ぬか分からない、その現実を受け止めて、強くまっすぐに生きるしかないのだろう。

その意味で、松田は十分に天命を全うしたのかもしれない。
心より、ご冥福をお祈りします。

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